事例紹介

株式会社小倉メリヤス製造所

心の奥底にあった言葉を掘り起こしてカタチにする——老舗縫製工場がSoichiroと歩んだ、デジタルシフトの軌跡

ご利用プラン
  • ペルソナ策定・WEBマーケティング戦略立案
  • ホームページ制作・リニューアル
  • コンテンツマーケティング支援
  • ブランディング・情報発信支援
  • LP制作
  • 英語版ページの再構築
  • プロモーション支援
株式会社小倉メリヤス製造所

小倉メリヤス製造所は昭和4年(1929年)創業の、約100年の歴史を持つ老舗縫製工場
スーツにシルクハット姿のお洒落な紳士であったという現社長の祖父によって、墨田の地に創業され、右肩上がりの成長を続けました。が、太平洋戦争そして東京大空襲によって工場は完膚なきまでに破壊。それでも「もう一度踏ん張ろう」と立ち上がった祖父により、ベビー服・子供服を手がける縫製工場として再出発を果たし、その後のベビーブームによって大きく躍進しました。しかし、次第に少子化が進行する中、長期のデフレ時代に突入。三代目となる小倉大典社長は、新たな方向性を模索し、個人のものづくりを応援するシェアファクトリーの運営を開始しますが、そこにコロナ禍が直撃。会社の電話は鳴らなくなり、受注は完全にストップしました 。
危機的状況を前に小倉大典社長が出した決断は、やはり「踏ん張る」こと。自身の経験を「糸へん業界の応援団長」という言葉に昇華し、個人やスタートアップを応援しながら「RETURN to JAPAN PROJECTという国内の活性化を図る活動を開始。さらに海外市場を視野に入れ、エコテックス®ステップ(OEKO-TEX® STeP)という国際認証を取得するという、日本の縫製工場として初の快挙を成し遂げました。墨田区の工場から世界のブランドへと羽ばたく、小倉メリヤス製造所にぜひご注目ください。

社長様

ご依頼前の課題

「ベビー服屋」というイメージからの脱却と、新たな企業ドメインを言語化したい

インタビュー中の社長様

「ブランディングの相談」からSoichiroとの歩みは始まりました

「父の時代は『小倉メリヤスはベビー服屋だというのが企業ドメインでした。第二次ベビーブームで、ベビー服・子供服の需要が高かった。でも時代は徐々に少子化に突入して、市場はどんどん縮小していきます。しかもデフレ時代に入り、安いものしか売れなくなっていった。『これはどこかで脱却しなければ』という思いは当然あって、メンズ・レディース服もやり始めましたが、ベビー服工場というブランド力があった分、メンズ・レディースでは後発で競争力が弱い。それならどうするのか。さらに新しい分野も取っていかなければという思いがある中、それをずっと言語化できずに悶々としていました。

Soichiroの扇塚社長とは、コロナ禍の少し前からやりとりがあって、最初に相談したのは『ベビー服屋というイメージから脱却したいというブランディングの相談でした。
最初はホームページ屋さんなのかなと思っていたら、経営戦略みたいなところから、ものすごく時間をかけてヒアリングしてくれた 。「こうじゃないですか」「いや、そういう感じでもないんだよね」というのを繰り返す中で、当時の私がうまく言葉にできなかった想いを引き出してくれたんです。なにしろ扇塚さんと話す前は【小さなものづくり】という言葉自体、自分の中になかった。でも、言われてみて『ああそれだ!』と。ただ、そうは言いつつも、当時は自分の中で方向性がどんどん変わる過渡期の時期でもあったので、『この前と言ってることが違うじゃないですか!』と言われることもしょっちゅうで、ずいぶん振り回してしまった覚えはあります(笑) 。でも、そうやって本音で伴走してもらいながら、Webサイトを一緒に作っていったんです

また、それまで墨田区の補助金で【nuuiee(ヌーイー)】というシェアファクトリーを運営していて、これは『個人のものづくりをプロが応援できる場を作ろう』というコンセプトだったんですが、本業の売上と上手くリンクしていませんでした 。でもSoichiroさんと話し合う中で、私の応援団経験とも重なり、そこで『糸へん業界なら全員応援するよ』というドメインが出てきてバチッとはまった。いろんな失敗やチャレンジを積み重ねた中で、これがたどり着いた言葉でした。」

Soichiroの支援プロセス

作っていただいたWEBサイトからは、もう本当に対応しきれないですっていうぐらいに凄い勢いでお問い合わせが来ています!

「同じ業界同士なら業界用語とかを交えて会話できますが、扇塚さんと話すときは業界のことを知らない人にも分かるように、きちんと整理して説明しなくちゃならない。それが私にとっては凄く良かったんです。なぜなら自分が整理した言葉でーーまあ整理しきれないことが多いんですが、とにかく自分なりに整理した状態でアウトプットせざるを得なかったことで、自分で話しながら『あ、俺が今言ってることってこういうことか』と改めて気付いたり、『じゃあこれをこうやればいいんじゃないか?』という発想に繋がることが結構あったんですよ。うん、扇塚さんとのミーティングでは、かなり頻繁にあった。つまり、アウトプットさせてもらえる場を得て整理され、これまで言葉にできなかったことが言語化できるようになった。私はそれがとても大きな事だったと思うし、そういう風に話を持って行ってくれるのが扇塚さんの魅力だと思ってます。

そしてWEBサイト内のコンテンツをSoichiroさんにいろいろ作って頂いたその結果、WEBからのお問い合わせはもう本当にもうもう対応しきれないですっていうぐらいに凄い勢いでお問い合わせが来ています!(笑)。その理由はWEB制作における技術的なこととかテクニックやビジュアル的なことももちろんあると思うんですが、それだけでこんなに問い合わせが来るとは思えない。やっぱり、しっかり話し込んで、聞き取ってもらって、それを詰め込んでてもらったからこその反応だったと私は思ってるんですよ。」

インタビュー中の社長と奥様

Soichiroの満足度

「『会社のホームページを作りませんか?』と営業さんが来ることは多いけれども、皆さん大抵『SEO対策が』とか似たようなことを言う中で、Soichiroさんはとにかく何度も何度も私に聞いて、私の中から言葉を引き出して、それをWEBサイトに反映してくれる会社でした。
なんというか、SoichiroさんはWEBサイト制作会社であるという以前に、本当の意味で会社のマーケティングとか経営戦略を一緒に考えてくれる会社だと思うし、むしろそういうことをやってくれる会社がWEBも作ってるっていう感覚があります(笑)。

また、AIやデジタルツールへの理解が深く、『これが便利だよ、こういうのもあるよ』と、どんどん引っ張り込んでくれています。社員みんながジェミニやChatGPTを使い始めて、そういう世界にも連れて行ってもらっている感覚がある。

私たちも、世界を驚かせるために、墨田区という地場産業の拠点を大切にしながら、次の100年に向けた挑戦を続けていきたい。Soichiroさんはそれぐらい、会社がどこを目指したらいいのか、その会社の何が強みなのかというのを一緒に考えてくれる会社なんですよ」

Soichiroよりメッセージ
サンコー様とSoichiro

小倉メリヤス製造所様は、創業100年を間近にする現在、サステナブルを武器に、国内と共に世界市場をも見据えています。
まず、「RETURN to JAPAN PROJECT」という活動を開始しました。これは、そもそも国内で作るアパレルが意外と少なかったこと。昨今では日本のアパレルでも海外市場を狙っている会社や海外ブランドが、日本素材・日本製造を求めるケースが出てきたことなどに端を発します。そして決定的なきっかけとなったのは、2025年1月頃、ある大手アメリカブランドから、小倉メリヤス様に「日本で作りたい」というアプローチがあったことです。ロットも大きく、大きな商談になりそうでしたが、しかし国際認証を持っていなかったことで話は流れてしまいました。小倉メリヤス様は、「フィールドを世界にするなら国際認証が必要だ」と決断し、2025年7月から約8〜10ヶ月かけて、エコテックス®ステップ(OEKO-TEX® STeP)という、日本の安全基準をはるかに超える350種類以上の有害化学物質を対象とした、繊維製品の製造における世界基準の国際認証を取得。これは日本の縫製工場として初の快挙でもありました。

認定書

【日本初】エコテックス® STeP認証を取得!世界基準の「持続可能な縫製工場」へ

これは海外はもちろん、日本のアパレル企業やブランドに向けても、「世界基準の認証を取得した日本の縫製工場とともに、世界市場へ挑戦しないか」というメッセージでもあります。特に海外市場では国際認証はとても大きな強みになります。

そして小倉メリヤス様は、日本のものづくりの価値を世界に正しく届けるため、英語のランディングページ構築も進めています。
「墨田区の工場から世界のブランドへ」
個人ブランドからグローバル大企業まで、世界を見据えるすべての衣服ビジネスの未来を、小倉メリヤス製造所様は素晴らしい技術と情熱で、これからも力強く支えていく、まさに「糸へん業界の応援団長」なのです。

外観
内観
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